待ち合わせの時間には間に合いそうにない by さわべ



10時58分。
駅前の道を自転車で駆ける。
流れるはアン・ルイス。恋のブギウギトレインだ。
僕がこの街に住み始めてもう16年になる。
それは僕が生きてきた年月と同じになるんだけども。
自宅からは自転車で10分と意外と距離があるが、
最近はよく私用でこっちにくる。
目の前に広がる団地の廊下のテラスに架かった柵、柵、柵。
当時のここいらを知る人からちょっとばかし前に聞かされた言葉。


「僕がまだそっちにいた時は自殺者もあんまりいなかったし、柵もなかったんだ」


ここ、高島平はかつては自殺の名所として有名な場所だったそうだ。
僕は霊感が強いのかどうかは解らないのだが、
少しだけ、妙な場所がある。
そこは、木が結構整えられて生えていて、
その木の所為で陽が殆ど当たらなく、昼でも薄暗い。
子供の声も聞こえない。そこには静寂という言葉がよく似合う。
いつもそこは避けて通る。
今回だって避けて通った。
アン・ルイスが終わってランダム再生でピチカートの「あなたのいない世界で」がかかる。
その瞬間だ。急に音が止まった。
何故だ。リモコンを見てみる。
あ、消えてる。
もう一回つけてみる。
あ、消えた。電池切れだ。
畜生。ここ最近充電していなかったか。
ヘッドフォンを取ったからって景色が変わるわけではないのだが、
何故だかとても寂しい風景のように思えて仕方なかった。
今、11時をまわってしまった。
もう待ち合わせには、間に合うはずもない。